TOP 特別展 年間スケジュール キューガーデン 英国王室が愛した花々 シャーロット王妃とボタニカルアート

特別展情報

  • 展覧会紹介


     
     キューガーデン

    英国王室が愛した花々

    シャーロット王妃とボタニカルアート
     会期:2021年2月11日(木・祝)~3月28日(日)
     

      イギリスのロンドン郊外にあるキューガーデンは、ユネスコ世界遺産にもなっている世界最大級の植物園です。本展ではキューガーデンのコレクションを中心に、美しい花々を描いた約100点のボタニカルアートを展示します。

     キューガーデンの歴史は18世紀に始まります。当時の大英帝国は貿易と植民地獲得によって繁栄を迎え、啓蒙思想の広がりや科学技術の向上を背景として、近代植物学が飛躍的に発展しました。そして世界各地の植物を調査するための研究センターとしてキューガーデンが大きな役割を果たすようになり、多くのボタニカルアートが生まれました。ボタニカルアートとは、植物を科学的な視点から描いたもので、植物研究とともに長い歴史を培うなかでその芸術性を見出され、人々に親しまれるようになりました。

     本展では18世紀から19世紀初頭に描かれたボタニカルアートを展示するほか、国王ジョージ3世の妃であり、この時代のキューガーデンの発展に寄与したシャーロット王妃(1744~1818)にスポットを当て、彼女が愛したウェッジウッドの「クイーンズウェア」を展示します。さらに、当時の建築や装飾における主流のデザインであったジョージアン様式の部屋を部分的に再現し、ボタニカルアートを愛した人々の暮らしぶりを紹介します。

     西洋において世界に対する視野が急激に拡張し、各分野で大転換が起こった時代に、先端性の一翼を担うとともに人々の暮らしを華やかに彩ったボタニカルアートの世界をぜひお楽しみください。

     

        《ボタンの栽培品種(ボタン科)》

         1809年 銅版画、手彩色、紙 個人蔵

         photo Brain Trust Inc.

     

    キューガーデンのパームハウス

     

    トマス・ハーヴェイ夫人 
    《ローザ・ケンティフォリア(キャベツローズ)とローザ・ガリカ(フレンチローズ)の栽培品種(バラ科)》
    1800年 水彩、紙 キュー王立植物園蔵
    © The Board of Trustees of the Royal Botanic Gardens, Kew

     

     

     

    第1章 英国王室と共に歩んだ植物画

     キューガーデンの歴史は、1759年に国王ジョージ3世の母であるオーガスタ皇太子妃が庭園をひらいたことから始まりました。そしてジョージ3世とシャーロット王妃の時代には、植物学者であるジョセフ・バンクスを植物園の監督者として登用し、植物園の拡張を行います。バンクスは世界各地の珍しい植物を収集し、それらを記録するために優れた植物画家たちを起用しました。

     本章では、科学的な正確さと芸術性をあわせもつ作風を生み出し、その後のボタニカルアートの方向性を決したゲオルク・ディオニシウス・エーレット(1708~70)や、バンクスの後ろだてを得て1790年にキューガーデンの初代専属画家となり、シャーロット王妃の絵画教師も務めたフランツ・バウアー(1758~1840)が描いたボタニカルアートを紹介します。また、イギリスの国花であるバラを描いた作品や、植物図譜『フローラの神殿』をあわせて展示します。

     

     

       《モスローズ(バラ科)》

       1788年 銅版画、手彩色、紙 個人蔵

        photo Brain Trust Inc.

     

    フランツ・アンドレアス・バウアー

    《ゴクラクチョウカ (ストレリチア・レギネ)(ゴクラクチョウカ科)》

    1818年 石版画、手彩色、紙 キュー王立植物園蔵

    © The Board of Trustees of the Royal Botanic Gardens, Kew

     

     

     

    ラムゼイ・リチャード・ライナグル

    《スワンプリリー(ユリ科)》『フローラの神殿』より

    1799年 銅版画、紙 個人蔵

    photo Brain Trust Inc.

     

     

    第2章 シャーロット王妃がつないだ文化の開花

     17世紀から18世紀のヨーロッパは「啓蒙時代」や「理性の時代」と呼ばれ、教会や王室が主導した旧来の社会秩序や考え方から脱して、人間の理性によって様々な問題を解決しようとする思想が広まりました。

     イギリスにおいても啓蒙思想を背景として、科学、医学、経済学、商業、工学、哲学、そして植物学などが隆盛し、他国に先駆けて産業革命が起こりました。製陶業者ジョサイア・ウェッジウッド、チャールズ・ダーウィンの祖父エラズマス・ダーウィン、蒸気機関を改良したジェームズ・ワットなどさまざまな分野で活躍するメンバーが参加した「ルナー・ソサエティ」は、科学技術や産業に関する重要な成果を生んだ、まさに啓蒙時代を象徴するグループでした。

     王室も産業振興や科学の発展を後押ししました。国王ジョージ3世の妃シャーロットは芸術と科学に造詣が深く、キューガーデンの拡張に貢献したほか、ウェッジウッドが開発した陶器に「クイーンズウェア」の称号を与えるなど自国の産業を支えました。

     

    《シャーロット王妃》

    1772年 メゾチント、紙 個人蔵

    photo Brain Trust Inc.

     

      ウェッジウッド

    《蓋付き皿(クイーンズウェア)》

      1765-1770年頃 クリームウェア(磁器)、エナメル彩色 個人蔵 

      photo Brain Trust Inc.

     

    ウェッジウッド 

    《ポートランドの壺》

    19世紀(1790年頃完成)

    個人蔵

    photo Brain Trust Inc.

     

     

    第3章 英国を魅了した東洋の植物画  

        カンパニー・スクール

     東洋との貿易を行うために1600年に設立されたイギリス東インド会社は、やがてインドの植民地化を推し進めました。18世紀後半になると植物学者をインドへ派遣し、医療や貿易に役立つ植物を調査するようになりました。現地の植物園の管理などを任された植物学者たちは、インド人の画家を起用して植物を描かせました。イギリス本国に送られた植物画は、1858年に東インド会社が解散すると、その多くがキューガーデンに移管されました。

     このように、18世紀後半から19世紀にかけてのインド、中国、東南アジアなど東インド会社が影響力を持った地域でイギリス人のために絵画制作を行った画家たちを「カンパニー・スクール」と呼ぶことがあります。カンパニーとはイギリス東インド会社のことをさします。カンパニー・スクールの作品は、その地域の伝統的な絵画と西洋絵画の技法を融合させた表現を特徴としています。

     本章では、インドと中国のカンパニー・スクールによるボタニカルアートを紹介します。

    逸名インド人画家

    《アカバナスイレン(スイレン科)》

    1795年頃 水彩、紙 キュー王立植物園蔵

    © The Board of Trustees of the Royal Botanic Gardens, Kew

     

     

    第4章 『カーティス・ボタニカル・マガジン』

     『カーティス・ボタニカル・マガジン』は、植物学者ウィリアム・カーティス(1746–1799)が1787年に創刊し、現在も刊行され続けているキューガーデン発行の植物雑誌です。創刊当時のイギリスでは、土地を所有する富裕層や上昇志向の強い中産階級の間で園芸が流行し、本誌は幅広い層の読者から人気を集めました。

     カーティスは本誌に掲載する植物画の制作をジェームズ・サワビー(1757-1822)、シデナム・エドワーズ(1768-1819)らに依頼しました。サワビーは博物学者でもあり、植物だけでなく動物や鉱物などの博物図譜も手がけました。エドワーズはカーティスに才能を見出された画家で、本誌のために1700点もの図版を制作しています。彼らが描いた科学的に正確でかつ美しいボタニカルアートが『カーティス・ボタニカル・マガジン』の成功を支えました。