アーツ・アンド・クラフツは、19世紀にイギリスで活躍したデザイナー、詩人、社会運動家であるウィリアム・モリス(1834~96)が提唱したデザイン運動です。産業革命によって生まれた機械化による粗悪な量産品や、職人の手仕事を軽視する商業主義を批判し、上質なものづくりや天然素材の価値を見直すことで、日常に根ざした多彩な美術工芸品を生み出しました。
モリスが提唱したアーツ・アンド・クラフツの精神は同時代の若いデザイナーや建築家たちの共感を呼び、イギリス以外のヨーロッパの国々やアメリカ、さらには日本にまで広がりました。日常生活と芸術を結びつけたアーツ・アンド・クラフツの実践は、現代のデザイン思想にまで引き継がれています。
本展では、モリスの代表作として名高い《いちご泥棒》をはじめ、家具、金属製品、ガラス製品、宝飾品、書物といった160点に及ぶ作品を通じて、モダン・デザインの源流となったアーツ・アンド・クラフツ運動の魅力と広がりをご紹介します。
ウィリアム・モリスは、自邸であるレッド・ハウスの室内外の装飾を、画家のエドワード・バーン=ジョーンズら友人たちと共同でおこなったことをきっかけとして、1861年にモリス・マーシャル・フォークナー商会を開設しました。この商会はステンドグラス、家具、壁紙、宝飾といった生活に必要なものを手作りで制作しました。商会はのちにモリス単独の商会に改組されます。本章では、《格子垣》や《いちご泥棒》などモリスのデザインの原点とも言える壁紙やテキスタイルを中心に、家具や書物などもあわせて展示します。
1887年、造形芸術家や建築家たちが集まり「アーツ・アンド・クラフツ展覧会協会」が創設されました。同協会は定期的に「アーツ・アンド・クラフツ展覧会」を開催し、絵画、彫刻、金工、木工、染色など多様な造形芸術を発表しました。1891年からはウィリアム・モリスが同協会の会長を務め、展覧会の質の向上に努めています。
本章では、モリスがデザインしたタイルの他、照明器具などを手がけて成功したベンソン、中流家庭の住宅設計や内装デザインを手がけたヴォイジーなど、アーツ・アンド・クラフツ展覧会協会に関わった作家たちによる作品を紹介します。
1896年にウィリアム・モリスが亡くなった後もアーツ・アンド・クラフツ展覧会は継続され、その精神はデザイン運動として広くイギリスの作家たちに受け継がれていきます。本章では、モリス商会と同じくテキスタイルや家具などを扱い、現在はロンドンの老舗百貨店として知られるリバティ商会による宝飾品やテキスタイルをはじめ、食器や銀器などを展示し、イギリスにおけるアーツ・アンド・クラフツ運動の展開を紹介します。
アメリカでは、モリスの没後、ボストン、シカゴ、ニューヨーク、デトロイトなど各地にアーツ・アンド・クラフツ協会が開設され、またアーツ・アンド・クラフツの精神や技術を教える芸術学校も各地に開校しました。シカゴ・アーツ・アンド・クラフツ協会の創設メンバーである建築家フランク・ロイド・ライトは、モリスが提唱したような手工芸に限らない機械生産の重要性を説き、その後のアーツ・アンド・クラフツの展開に新しい境地を拓きます。また、現在でも人気の高い宝飾品店ティファニー社の創業者の息子が創設したティファニー・スタジオはガラス製品で人気を博しました。本章ではこうしたアメリカにおけるアーツ・アンド・クラフツの展開を紹介します。